無礼者

五回目その3

21/05/30 01:44

五回目第三話。もう前中後編で終わらすのを諦めました。
あと今更ですが、大河麒麟がくる面白かったですね。

 帰蝶の花嫁行列の護衛を任された佐助だったが、帰蝶の傍にいるのではなく、遠くから花嫁行列を見守りながら移動していた。帰蝶の傍には先日夜中に会った光秀や、他にも数名、手練れの者が控えているので、問題はないと判断したのだ。
 幸い、織田と斎藤の結びつきを問題視して、花嫁行列を襲うような輩はいなかったので、一行は無事信長の居城、古渡城にたどり着いた。城に着いてからも、佐助は城には入らず、城の周囲を見回ったり、恐らく織田方の忍と思しき者と障りのない世間話をして過ごした。
 婚儀は順調に終わったらしく、夕方頃に無礼講だと言われ、佐助をはじめとする斎藤家の忍や下男なども城内に招かれ、酒宴の末席に加わることとなった。佐助は酒だけは器用に断りながら、食べてもよさそうな料理を適度に摘まみながら、周りの者と歓談していた。
「佐助!」
 声をかけられ、ちらりとそちらを見ると、帰蝶が傍に来ていた。その隣には、彼女の夫となった男、織田信長がいる。お伽話に出てくる者より、随分と大人しそうだ。帰蝶が来たことにより、周囲の者はひれ伏しているが、佐助はそのまま帰蝶に向き直る。
「帰蝶様、ここは斎藤家ではありません。無闇に忍のところに来て、忍に話しかけるのは控えてください」
 周りがこちらを案じてか息をのむ気配がしたが、佐助は構わず、目の前の漬け物を食べた。
「お前を信長様に紹介しようと思っただけよ。それくらいはいいでしょ」
「ならばお父上の首をとってからにしていただけますか?」
「俺が斎藤の親父殿の首を取ると?」
 話し方も随分普通だ。そう思いつつ、佐助は手を振った。
「帰蝶様がですよ。織田にまともな忍がいなさそうなら、斎藤家滅ぼして、斎藤家の忍を丸ごといただくって」
「そうしないと佐助が来てくれないって言うから」
「でも帰蝶様、安心してください。織田家の忍の皆々様は、斎藤家の忍と並び立つ、いやそれよりも素晴らしい腕の方ばかりでしたから」
 少し世辞も入っているが、腕は確かだ。流石大名家といえるほど、ここに所属している忍は腕がいいのだ。
「お前より面白い者がいるとは思えないのだけど」
「帰蝶様、忍に面白さなど求めないでください」
 本当にこの娘は忍をなんだと思っているのだろうかと思っていると、信長が笑いをこらえているのが見えた。確かに、第三者から見れば面白いだろう。
「みっともないところをお見せして申し訳ない」
 思わずそう言うと、信長はいよいよ声を上げて笑った。その笑い声には織田の家臣も驚いたようで、皆何事かとこちらを見る。一通り笑うと、信長はこちらをじっと見た後、帰蝶の方を向く。
「確かに、おぬしの言うとおり、面白い忍だな」
「そうでございましょう?」
「名は?」
「佐助です」
「猿飛佐助が正式名称です」
 訂正すると、帰蝶は首を傾げた。
「そうだったの?」
「そうなんですよ。お館様は蜘蛛とか佐助としか呼びませんけど」
「佐助、斎藤の親父殿が嫌になったら、いつでもうちに来い」
 信長の言葉に、佐助は首を振る。
「生憎ながら、お館様が死ぬまでは離れぬと決めているので、当分こちらにご厄介になることはありませんよ」
「だから父上の首を取らないと手に入らないのです」
「帰蝶様、そういう物騒なことは宴席で言わないでください」
「お前だって言ってたじゃない」
「俺はいいんですよ」
「では、親父殿に伝えてくれ」
「はい?」
 しばらく黙っていたかと思うと、信長は存外に真面目な顔でこちらに話しかけた。
「これがどうしてもと乞うたら、その首と忍を貰いに行くと」
 そう言った後、にやりと笑うので、佐助も似たような表情を浮かべる。それについては、既に利政から返答を預かっているのだ。利政から指示された通り、声真似も使う。
「あいわかった。婿殿ともあろう者が、娘の我が侭に振り回されるとは思えぬが、それでも戦をするというならば、娘共々返り討ちにしてくれるわ」
 すると、斎藤家の者はぎょっとした様子でこちらを見るし、帰蝶も驚いたようだ。信長は一瞬面食らったものの、すぐに元の表情に戻る。
「既に見透かされていたか」
「そういうことです。戦を仕掛けるというなら、我ら斎藤家も、織田のうつけとその奥方を敵と見なし、総力をあげて挑みますので、お覚悟を」
 そして、帰蝶の方を向く。
「帰蝶様、お館様からもう一つお言葉を預かっています」
「何?」
「この日より、お前は帰蝶という名を捨てよ」
 すると、彼女は目を丸くしたものの、すぐに笑みを浮かべる。それは、利政が戦の時に見せるものに似ている。この辺りは流石親子といったところか。
「では、相応しい名を考え、後日知らせを出すわ。佐助、父上に、今日この日まで、帰蝶として育てていただいたこと、感謝する旨を伝えなさい」
「お手紙にも書いてくださいね」
「勿論。あ、ちゃんと声変えてやるのよ。私だけ驚かされるのは割に合わないわ」
「ええ、姫様の声出せるかなー」
「大丈夫、佐助ならできるわ」
「まあ、姫様最後の我が侭と思って、やれるだけやってみますよ」
 佐助の最後という言葉を聞いてか、彼女は一瞬寂しそうな顔をした。


「というわけで、お館様に頼まれたことは全て伝えましたよ」
 美濃の屋敷に戻り、事の顛末を話すと、利政はそうかと、満足げに頷いた。
「婿殿も驚いていたか」
「そりゃ驚くでしょう。ああそうだ、姫様から伝言があるんですが」
「なんだ?」
 興味深げにこちらを見てくるので、佐助は喉に手を当てつつ、口を開く。
「父上、今日この日まで、帰蝶として育てていただいたこと、心から感謝いたします」
 すると、利政は目をみはり、次に佐助を抱きしめた。
「わ、お館様、いけませんって!」
「おお、すまんすまん。いやいや、佐助は声まねがうまいなあ。姿が見えなければ帰蝶と思うほどだ」
 それはそうだ。彼女の声を道中ずっと練習していたのだ。最初の方はどうしても声が高すぎるとかそれでは姫様が男になってしまうとか、散々仲間にからかわれたが、斎藤家に着く頃には、後ろから声をかければ相手が驚いて振り向くほどには上達した。
「練習しましたからね。あとお館様、おろしてください」
 話しながらしれっと膝の上にのせられたので、それについて指摘すると、彼はいいじゃないかと言って、佐助の頭を撫でる。
「もう子どもじゃないんだからやめてくださいよ」
「帰蝶より年下だからまだまだ子どもだよ、お前は」
「そうかもしれませんけど、忍頭に見られたら怒られるんで」
「俺も一緒に叱られてやろう」
「そういうことじゃありません」
 なんとか降りようとするが、利政はどうしても佐助を撫でたいらしい。佐助の腰をしっかり固定している。無理矢理抜け出すこともできるが、どうも利政が寂しがってるのか佐助をからかいたいのかわからないので、ひとまず利政がやりたいようにやらせておくことにした。


 その後、佐助はよく濃姫に手紙を届けに、尾張に出入りしていた。
「父上の様子はどう?」
 手紙を読む濃姫にそう言われ、佐助は苦笑するしかなかった。思い出されるのは、最近の美濃国内のきな臭さだ。主な原因は利政とその息子義龍の不仲だ。義龍は周囲から色々吹き込まれた結果か、父利政を嫌っており、事あるごとに反抗している。それがこちらにも伝わっているのだろう。或いは手紙に愚痴でも書かれているのかもしれない。
「あんまりよろしくはないですね。相変わらず義龍様といがみ合ってるし」
「……いっそ兄上の首を取った方がいいかしら」
「美濃に敵対するってことですか?」
 表情を消して訊ねると、意図を察した濃姫は首を横に振る。
「国を奪うつもりはないわ。ただ、父上のことを案じてるだけ」
「ほんとですか?」
「本当よ。それに、本気でやるつもりなら佐助に話したりしない」
「それもそうっすね」
 佐助が苦笑すると、濃姫がふうと息をつく。
「真面目なんだから。でも、父上のこと、その調子で守ってちょうだいね。様子を聞く限りじゃ周りは敵だらけみたいだし」
 やはり伝わってしまっているかと
「それは勿論。俺様、真面目ですから」
「よろしくね」

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